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79 実習生⑦嫁候補7番マリコ

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  運動神経抜群。少しタレ目の美人で、みんなに好かれていたようだが、私には一緒に来たチアキが目に留まり、この娘は影が薄かった。何度も桂浜に来ていたらしかったが、ある日私が採集に出かけようとした時、助手を志願して無理やり軽トラックに乗り込んで来た。目的地までの往復の3時間余り、生い立ちや将来の夢などをゆっくり聞くことが出来、この娘の評価を見なおした。7月7日が誕生日であることを知って“7番目への登録”を打診した。息子達との10年近い歳の差をかなり気にしながらも承諾してくれた。運良く桂浜水族館への就職が叶ったので、私はゆっくり手なずけ、なんとか我が家に取り込もうと現在散き餌(月に1回のお食事)を食わせているところである。

  月一回のお食事はウドン、年四回ほどの採集助手の時は行きつけのレストランのランチ、年一回は回転寿司も食わせたけど、急な退社で食い逃げされた。今は二児の母。

  

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78 実習生⑥嫁候補6番チアキ

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  童顔で人なつっこい笑顔のチアキは、第一印象が大変良かった。私の講義の成績はあまり良いほうではなかったが、積極的な態度は満足出来るものだった。講義のあとお魚を運ぶ仕事があり、助手として連れて行ったが、この娘といると癒される感じだったので、大いに気に入り“嫁候補”の話をしてみた。ためらうことなくOKをくれて六番目に登録。卒業後は、室戸で海亀の調査をする団体に席を置き、定置網漁師達のアイドルになっていたが世間は狭い、あろうことか私が35年間通い続けている漁協(⑭イルカ入館)(⑮300円)の若い職員に見染められた。彼にはマンボウなどの採集で随分お世話になっている。昨年(平成19年)3月の結婚式にも出席して、2人の姿を見て心から悔しがりました(笑)。チアキは正式登録削除第一号となったのである。

  この娘は現在三人の娘の母親になっている。ロリコンの私は室戸へ行ったときには、たまに家に立ち寄りロリちゃんを抱っこさせてもらっている。

77 実習生⑤嫁候補3番マユミ

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  桂浜のすぐ近くに住んでいたので、高校生の時から夏休みだけでなく日曜・祝日にも“実習”に通って来た。この娘が来ていたころは桂浜が輝いていたころで、観光客が多く大変忙しかったため彼女は非常に役に立った。特に呼び込み放送が得意で、マユミが放送すると入口に人だかりが出来た。地の底から湧き出るように観光客が集まって来たので、今でも“マユミの呼び込み”と話し種になっている。活発な娘で、沖縄のリゾートホテルへ就職し人魚になって泳ぎ廻っているのかなと思っていたら、突然「北海道へ行く」と云って富良野で調理人を目指し、モモンガになって雪原を飛び廻っていた。そして今春「能登へ行く」と云うので「エチゼンクラゲにでもなるつもりか」と聞いたら「お嫁さんになるつもり」と云われてしまった。この娘も手遅れか・・・。

  瀬戸大橋が開通し高知が高速道路でつながったころで、桂浜にも観光客が押し寄せていた。切符売りを担当していた私は、マユミがマイクを握ると“お客が湧いてくる”と、お釣りの小銭を用意して身構えたものだった。

76 実習生④嫁候補2番アミ

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  アミちゃんは1980年生まれ。お誕生日の11月16日は私の結婚記念日と同じなので、もし嫁に来てくれたら一緒にお祝いが出来る!。高知市の出身で元気のいいスポーツウーマン。高校生になってすぐ進路を決め、大阪の専門学校へ。そして実習先を自分で開拓して桂浜にやってきた。水族館への就職が希望だったが桂浜は無理。あちこち探したようだったが見つからなかった。そこで彼女が選んだのがアニマルナースだった。動物病院の看護助手の仕事は、大変気に入ったようで張り切っていた。親元を離れて職場近くへ下宿したと聞いたので、そろそろ息子に逢わせてみようと思っていたら“彼氏が出来た”とのメール。うちの出来そこない共には、もったいないくらいいい娘なので、男が寄り付かないわけがないか・・・。

  その後「たまたま喫茶店で隣の席の人が高谷さんに似てて、聞こえてくる話の内容から間違いないと思った」。「彼氏ができる前だったら、ぜひとも正式に紹介して貰いたい感じの人だった」とのメールをもらった。残念無念。

75 実習生③嫁候補 1番ポン太ちゃん

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   第一号のポン太ちゃんは12人の候補の中で唯一登録の承諾を得ていない。勝手に“嫁候補”宣言をした。私の最も気に入った娘である。ニックネームは私が名付けた。“ポンタ”と云う名前の排水管掃除道具の使い方を教えたのがきっかけである。この娘は夏休み、冬休み、春休み、五月の連休。そして次の夏・冬と、2年間の長期の休みの全てを桂浜での実習(と云う名目の奉仕)についやした。そして桂浜水族館への就職を強く望んだが空きは無かった。卒業後5年余り、アルバイトをしながら空席を待ち続け、執念で勝ち取った。ある時“私のどこが気に入ったの?”と聞かれたことがあった。突然だったので答えに困ったが、あとでよく考えてみてこの娘と失恋した昔の恋人(⑪天国から地獄)に、かなりの共通点があることに気付かされた。

  この娘は私がしつこく誘うのを嫌って、ニュージーランドへ行ってしまった。   

74 実習生②嫁候補

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  私には2人の息子がいるが、いずれも奥手のようで女性の気配がない。そこで実習生の中から“嫁候補”を選んでみようと考えるようになった。2時間余りの講義の間に、能力や性格を見極め、良い娘がいたら息子に逢わせてみたいと考えた。お気に入りの娘に、冗談半分で“嫁候補”の話をするとたいていはOKを出してくれた。現在12番目まで候補を登録している。しかし肝心の息子達は私の推薦など完全無視である。つまり現実は“嫁候補”の名目で、可愛い女の子のアドレスをもらってお食事にさそって・・・。エロおやじが、お気に入りの娘にお付き合いをしてもらうための“口実”にしているだけの話なのである。その娘達の一部を紹介してみようと思う。

  肝心の息子達は結婚しないまま、40代半ばになってしまっている。

73 実習生①講義

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  私が桂浜に来た頃(昭和46年)は、動物園や水族館への就職を考えるのは、私のような変り者しかいなかった。しかし近年は希望者が多く、専門学校もたくさん出来ている。多くの学生が、実習と称して就職のための顔つなぎにやって来る。私は彼(彼女)等のために、設備や電気についての講義を用意するようになった。レベルとしては中学卒ぐらいの一般教養のつもりだったが、わかる者がほとんどいない。簡単な電気配線や、発電の仕組さえ答えられない。はじめのころは信じられなかったが、彼等の大部分がペット類や動植物の好きな“生物系”であることがわかってきた。電気や機械のことがわかる(⑨館長の先見)私のほうが変り者なのだ!だから設備を担当する飼育員になったのだ、と自覚させられる講義になってしまったのである。
 追伸:似顔絵は、私のお気に入りの実習生です。新人スタッフのマッキーが描いてくれました。

  「電気の直流と交流を説明せよ」と聞くと、ほとんどの実習生は電池の「直列と並列」説明しかできなかった。

 

72 釣り採集⑱オオニベ

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  長男が小学6年生の時(昭和63年9月)のこと。友達と近くの「フェリー乗場で釣ってきた」と云う魚を見てびっくり!。こんな魚が釣れるわけがない!大きさは10cmほどだがこれは間違いなくオオニベ!。それも1尾なら偶然もあり得るが、2人で10尾余り釣ったと言う。「おいタカシ行くぞ!」と2人で出かけ真夜中まで頑張って10尾ほど釣り上げた。オオニベは恩師が研究対象にしていたので、採集の手伝いなどを通じてよく知っている魚だった。沖合いの深場にいる魚で1m以上になり、大変美味とのこと。内湾で稚魚が釣れるような生態の魚ではなかった。さっそく恩師に報告して原因がわかった。ある業者が孵化養殖に成功して、数日前に湾内へ大量に放流したとのことだった。あれからちょうど20年になるが、その時のオオニベは現在1尾だけが生き残り1,2mに成長している。

  このオオニベは結局22年あまりの天寿を桂浜水族館の水槽でまっとうしたのである。

71 釣り採集⑰イシダイ

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  “幻の魚”などと呼ばれているが、それは50cmから80cmの大物の話。秋になるとサンバソウの別名を持つ10cm前後の当才魚がたくさん釣れる。型のわりには引きが強いのは、さすがイシダイである。同型のカゴカキダイやオヤビッチャの倍くらいの力を持っている。この魚は丈夫な歯を持っていて何でもカジッてしまう。旧水族館時代にはガラスとコンクリート製の水槽だったので被害は少なかったが、新館ではF.R.P製の凝岩が穴だらけ!アクリルガラスは傷だらけで真っ白!。それに加えて白点病にかかりやすいせいもあって、いつの頃からか釣り採集の対象からはずれ、水族館員としては数少ないキャッチアンドリリースの魚に指名されてしまっている。

  イシダイは小さくても美味しい。釣れる時には次々と釣れる事も多いので気分次第で私のおかずになることも多かった。

70 釣り採集⑯ボラ

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  ボラは喰い込みが悪い魚なので、普通にチヌをねらうシカケにはメッタにかからない。チョコッとカジッてはプッと吐き出す習性があるので、特別なシカケが必要になる。しかし私はボラをねらっての釣り採集は考えていないので、シカケも用意していない。ところがボラは突然大群でおしかけてきて釣場に群がり、撒き餌を食いちらかせてゆく。腹が立つので、そこでボラの“見釣り”に切りかえる。ウキ下を10cmから30cmぐらいまで浅くして、餌を食べる瞬間を見ながら釣るのである。撒き餌の中にある鈎のついた餌を凝視し、その餌が消えた瞬間に合わせを入れる。釣りキチの相棒との勝負で運動神経の良い相棒はウキの小さな当たりに合わせるが、視力に自信のある私はエサを見て釣るので半歩リード。

  しかし釣りあげたボラはバケツの中であばれるので、生かして水族館まで運ぶのが面倒で、ボラ好きの相棒の晩のおかずになることが多かった。

  

69 釣り採集⑮クロホシイシモチ

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  高知でゲンナイと呼ばれているこの魚には特別な思い出がある。釣るのはわけない。夜釣りで、五目釣りとよばれてる枝鈎を3本から5本つけたシカケを入れれば、すぐに飛びついてくる。場所は港の突堤やテトラの下をねらうとよい。ある年(昭和49年)の12月はじめのこと。お正月展示用にこの魚が欲しくなり水槽トラックで出かけた。その日は強い寒波のあとで、急に水温が下ったせいか食いが悪かった。結局徹夜になってしまったが、なんとか目標の200尾余りを釣り上げることは出来た。しかし冷たいテトラポットの上に長時間座ったのと、重いバケツに入れた魚をトラックまで何回も運んだせいで、ひどい痔になってしまった。おかげでこの魚を見るたびに、寒さにふるえながら頑張った夜釣のことともに、1年近く悩まされ続けた痔のことを思い出してしまうのである。

  現在も毎年秋にゲンナイ釣りを実施している。従業員数人を引き連れて、桂浜から30分ほどの漁港で夜釣り。一時間ほどで切り上げるが、多い年には100尾以上。少ない時はゴンズイしか釣れない年もある。

68 釣り採集⑭アイゴ

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  背鰭に毒を持つことで有名な魚である。雑食性なので中学生のころ、ごはん粒やふかしイモで釣った経験がある。もちろんエビやオキアミの食いもいい。15cmぐらいまでの当才魚は、主に内湾の漁港などで群がっていることが多い。外海である桂浜で釣れるのは20cmから40cm近い大型になる。この魚は引きが強く、首を振りながらの抵抗はチヌの場合とそっくりなので“大物のチヌ”をかけた、と思ってぬか喜びさせてくれる。白っぽく見えたらチヌ!黄色に見えたらアイゴなのでガックリ。

  白身でおいしいのだが独特のクサ味(海藻臭)のせいで喜ぶ人は少ない。毒棘も加わって嫌われ者!誰が釣っても水族館行き。私がさされないよう注意しながら鈎をはずし、自分のバケツに入れる。

  

67 釣り採集⑬クサフグ

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  海底の砂の中に潜り込んで休む魚なので、桂浜のような砂浜がにはたくさんいることが多い。しかし釣り人には嫌われ者!!エサ取りだけならまだましなのだが、フグ独特の上下2枚づつの鋭い歯で釣糸を噛み切ってしまう。1本10円余りの鈎の代金も気にはなるが、一番腹が立つのが釣糸への攻撃である。ねらいのチヌが喰いついた時、フグに傷つけられていたことが原因で糸が切れてしまったりすると、その次に釣れたクサフグには悲劇がおこる。空気を吸い込んでボールのようにまん丸くふくらんだ体は、思い切りテトラポットに投げつけられて“バーン・・・”である。

クサフグも水族館では人気者で、普段ならバケツに入れられるのだが、釣り人の気分しだいで悲劇もおこる。

66 釣り採集⑫ゴンズイ

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  ナマズの仲間で胸鰭と背鰭に毒棘がある。初めて夜釣りをする時、この毒棘の洗礼を受けることは私を含めてよくあることなのである。1時間以上も頑張っていて、やっと当った魚信に大喜びで確認もせず獲物をつかんで・・・。しまったと思った時はもう手おくれ。手のひらと中指にチクッと感じた痛みはすぐにズキンズキンにかわる。2時間余り右手は使いものにならないほどの痛み!一緒にいた師匠に笑われるのがいやで、そぶりも見せず隠し通したことを今も記憶している(昭和47年秋)。チヌの夜釣りはいろんな所で度々やったがゴンズイには悩まされた。

  夜釣りでの当たりの95%はゴンズイなのである。それがいやなら餌を海底から50cmほどはなせばよいがチヌの当たりもほとんどなくなる。水族館にとってはチヌも大事だがゴンズイも立派なスター!。コゲ茶に黄色の縞柄でクネクネ泳ぐ様は入館者にも大人気!


  

65 釣り採集⑪ベラギンポ

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  桂浜周辺で潜水具を使った採集をしていた時のこと。磯から磯へ移動する時は海底をはうように移動することが多かった。そんな時、目の下の砂の中から飛び出して向こうの砂山に潜り込む魚が気になっていた。ある時それと思われる魚が手に持っていた玉網の中へ飛び込んできた。細長い体、緑色を中心としたカラフルな魚、それがベラギンポだった。しかしそれから何度試みても、玉網で捕獲することは出来なかった。その魚がキス釣りの外道として釣れることがわかり、なんとか展示してみようと採集を頑張った。しかしせまい水槽の中では壁にぶつかって短命に終る。砂を敷いてやるとある程度生きるが、潜り込んでしまって目だけしか見えず、展示価値がなくなってしまう。しだいに興味はうすれていった(昭和48年~50年頃)。

  10年余り前にこの魚のことを思い出し、投げ釣りを試みたことがあった。キスとマダイはボツボツ釣れるが、ベラギンポの姿を見ることは出来なかった。

64  釣り採集⑩マダイ

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  梅雨時にキスをねらって投げ釣りをしていると、外道としてマダイの仔がよく釣れる。釣り場は、浦戸湾入口の長い突堤の内側。ここは引き潮時は流れが速すぎて釣りにならないので、込み潮時のみの釣場である。この時期のキスは小型が多く、手ごたえがほとんど無いが、マダイは小さく(3~5cm)ても体高があるので、ゴツゴツと竿に伝わる感じですぐ分かる。50m以上の遠投が必要になるが、師匠に教わった魚道と思われる所までシカケを投げ込むと、空振りナシでキスとマダイが半々ぐらいに、そしてごくたまにだが、珍しいベラギンポもかかってくる。秋になると今度は磯回りで15cmくらいに成長したマダイが釣れることもあるが、ねらって釣れるほど数は出ない。(昭和47~50年頃)

  この頃からマダイの養殖が盛んになり、人工授精での種苗が安く手にはいるようになって、釣りでの採集の必要性が下がり、砂浜の投げ釣りをほとんどしなくなってしまった。

63 釣り採集⑨キス

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  桂浜はかつては知る人ぞ知る、キス釣りの本場だった。多い時は30人以上の人が竿をならべていた。もちろん私も度々展示用の採集を行っていた。ある年の秋、潜水採集からの帰りに渚で大型のキスが群れているのを見つけた。翌日は休みだったので、4歳と2歳の息子を連れて来て釣らせてみた。3本鈎に餌のスナムシを付けて10m余り先へ投げ込んで長男に竿を渡す。リールを一生懸命巻くと30cm近いキスが3尾ぶらさがって来た。次は次男に持たせる。まだリールを巻けない次男は、竿をかついで女房に手を引かれて砂浜をヨタヨタとのぼってゆく。その糸の先にも大物が3尾喰いついていた。1時間足らずで小さいクーラー一杯釣り上げた。その日のキスはおばあちゃんの手でテンプラになってしまったが、私にとっても生涯に2度とない、大漁の経験となった。(昭和54年9月)

  キスは飼育していてもあまり長生きしてくれないし、薄灰色で地味な魚体は水槽内で見栄えもないので、だんだん釣り採集の対象からははずれていった。

62 釣り採集⑧コショウダイ

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  秋口に桂浜の長い突堤の先端でチヌをねらって夜釣りをしていると、時たま大物に引っ張られることがあった。夜釣りなので太目の糸を使っているのに、止めることが出来ず引きちぎっていくこの魚をなんとかやっつけようと通いつめた。おかげで死にかけた(⑫死神のリスト)こともあったが、3度目にかけた時やっと正体を見ることが出来た。20分近いやり取りのあと玉アミに入れた時は、足はガクガク(興奮で)手はシビレ(疲れで)。体長53cmのコショウダイ!しかしこの魚を生かしたまま水族館まで運ぶのが大仕事だった。
1,5km余りの突堤を海水を入れたタンクを背負って運ぶのだが、途中で何度も大暴れ!結局その時のスレが原因で翌日には昇天。以来この魚を狙うのをやめることにした。(昭和49年9月)

  チヌ釣りの師匠に「53㎝のコショウダイを釣った」と自慢すると「夜釣りで時々釣れるけど、あれは美味しくない」と一蹴された。

61 釣り採集⑦カサゴ

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  高知ではガシラと呼ばれている。白身で淡白な魚で現在では高級魚の仲間入りをしているが、私が桂浜に来た(昭和46年)頃は外道あつかいで、死体が釣場のあちこちに転がっていた。釣人に声をかけておくと、次々に私のバケツに入れてくれた。寒風が吹き、急に水温が下った時などは、回遊性の魚は深場に移動したり岩影から動かなくなるが、ガシラはそんな時でも活性を維持したまま棲みついている。ていねいに脈釣りをすると、必ず数尾は釣り上げることが出来た。また夏場に泳ぎながら水中メガネでエサに喰いつくのを確認しながら釣る“水中釣り”の対象として、私を楽しませてくれた魚でもある。

  私が釣り採集を始めた半世紀前には20㎝以上のガシラが次々と釣れたが、この10年ほどは10㎝ほどの当歳魚しか釣れなくなってしまっている。

60 釣り採集⑥タカノハダイ

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  茶色の斜縞で、おとなしく飼いやすい魚である。桂浜では10cmぐらいの当才魚から40cm近い大物も釣れる。白身でおいしいのだが、ウロコが硬く身が少ないなど、調理に手間がかかるので、食べるほうの人気はあまりない。近縁種にミギマキと云う魚がいるせいと思うが、高知ではヒダリマキと呼ばれバカにされている。オットリしているのに食いしんぼうの魚で、その結果としてチヌ・グレ・イシダイ等の活性の高い魚がいない時に釣れる。“ヒダリマキが釣れたら本日の釣りは終り”と云うのが高知の釣り人の常識なのである。

  60年以上前の中学生の時のこと、水中銛を手作りしてチヌを狙ったが、初めての獲物がこのタカノハダイだったことを今もはっきり覚えている。。
プロフィール     ロリコンのおじん

もったいないおやじ

Author:もったいないおやじ
桂浜水族館を縁の下から支えて半世紀。

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