112 携帯復活 

 磯採集に出かけた時のこと。
普段なら携帯電話はトラックに残して行くのだが、
その日は連絡が入る予定があったため、
磯まで待って行き、呼び出し音の聞こえる所に
置いて作業をするつもりにしていた。
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ところがその直前に、スッテンコロリンでザブン!!
大慌てでバッテリーを抜き取り、
トラックに戻ってデフロスターに乗せ、
3時間余り乾燥させた。
そしておそるおそるセットしてスイッチオン!
しかし反応はナシ。
地面に打ちつけてやろうと思ったが
“もう1度だけ”と考えて、帰ってから無理やり分解、
真水に一晩つけて脱塩。
それから高温乾燥室で24時間余り。
祈るようにスイッチオン!ヤッター!みごと復活!!
データもきちんと残っていた。
ただ1つ、待ち受け画面にシミが残り、
私のお気に入りの女の子に大きな泣きボクロが出来てしまった。(平成20年5月23日)

2009年04月18日(土)桂浜水族館公式ホームページ掲載
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108 パソコン再生 

 水族館で使用している、私物のパソコンが壊れた。
メンテナンス係の次男に調べてもらうと
「これはグラボ(グラフィックボード)が死んでいる。1万円ほどかかりそう」と云われた。
分解して引っぱり出されたグラボをながめて「ショートのあとも過熱のあとも無いぞ。
うち(桂浜)は塩風が強いから、
塩分とここ数日の湿度による漏電は考えられないか?」と聞いてみた。
「まあその可能性もあるけど、ゲジゲジ(集積回路)はブラックボックスだから・・・」
私は消毒用のアルコールでグラボを丁寧にふいてから「ものはためし、これでやってみて」
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次男は「まさか??」と云いながらセットしてスタート!!「
あれれ!起き上がったぞ!」父親として、
“もったいないおやじ”としての面目躍如の瞬間であった(平成14年7月)。
しかしそれから2ヶ月ほどして、
ハードディスクがトン死!!
バックアップをおこたっていた、2年半分の大切な写真と文書が消滅してしまった。


2009年03月21日(土)桂浜水族館公式ホームページ掲載

107 冷却機

 中古の冷却機をもらってきて、
水槽にセットした(平成13年6月)。
この機械の能力なら、
22℃ぐらいまでしか下げられないだろうと思い、
23℃に設定するよう指示した。
2ヶ月ほどは順調に働いていたようだったが、
ある朝、様子がおかしい。
調べてみると水温が26℃を越している。
冷却機がオーバーヒートで自動停止していた。
よく見ると設定温度が19℃になっている。
聞けば「オウムガイは、どこも20℃以下で飼っている」と云う。
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私に内緒で設定を少しずつ下げて、
半月ほど前から19℃にしていたとのこと。
その後、気温の高い日が続いていたので
、耐えきれず前日にオーバーヒートしたと思われる。
そして「どうしても20℃以下で」と云う。
空冷式の冷却機の能力を上げるには水冷式にしてやればいいのだが、
直接海水をかけるわけにはいかない。
そこでビニールパイプを使ってみることにした。
ラジエターには無理だが、
圧縮ポンプや配管をグルグル巻きにしてその中に海水を流してみた。
毎分2㍑ほどの海水は出口では6℃ほど昇っていた。
これなら1KW近い熱量になるので、見込みがあると思った。
実際この冷却機は、この方法で3回の夏を19℃で乗り切ってくれた。


2009年03月14日(土)桂浜水族館公式ホームページ掲載

105 アカメ井戸 

 新井戸を掘るためのボーリング調査は、
すべて無駄になってしまった(44 新築工事③ボーリング)と書いたが、
その中に1ヶ所だけ、意味のありそうなデータが出ていた場所があった。
湧水量はあまり多くない上、
塩分濃度も海水の7割程度しかなかったが、水温が2℃ほど高かった。
波打ちぎわからの距離によるものと考えられたが、
この水は汽水域に住むアカメの飼育水に適しているのではないか、と当初から考えていた。
その場所にアカメ用の井戸を掘ってくれるよう館長にネジ込んだ(平成2年1月)。
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費用は100万円余りかかるようだったが、
重油代だけで年間10万円かかるボイラーが、
不用になる「10年以内に元が取れる」が説得の決め手だった。
ボーリング調査時のデータは
3月の1ヶ月たらずしかなかったので不安はあったが、結果は上々。
この井戸は最高26.5℃最低は17.5℃で、
アカメの越冬には充分な水温を維持している。


2009年02月28日(土)桂浜水族館公式ホームページ掲載

103 二段掘り

 新築に伴って新しく井戸を掘っていた時(昭和59年2月)
干潮水位より1mほど掘り込んだあたりで岩盤に突き当ってしまった。
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毎分1tの海水をくみ上げると、水位は50cm余りは下るので、
冬場の大潮時には水切れになるのが目に見えていた。
「この井戸は使えません。場所を変えて掘りなおして下さい」と主張したが、
館長も井戸屋さんも「どうしようもない」と首を振る。
とにかくテストしてみようとポンプを入れてみる。
やはり予想通りの所まで水位が下り、水中ポンプが顔を出してしまった。
しかし井戸の中に入ったりして検討しているうちに、
岩盤は井戸側のヘリに引っかかっていて、
中央にはないように思えてきた。
考えたすえ井戸屋さんに
「この中にひと回り小さい井戸が掘れないかな?」と提案してみた。
この二段掘りで50cm余り掘り込むことが出来、
なんとか使用可能な井戸にすることが出来たのである。

2009年02月14日(土)桂浜水族館公式ホームページ掲載

102 ウオーターパッキン

 入社当時、桂浜水族館で使っていたポンプは、
とても不思議なものに見えた。
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主軸のパッキン部分から水がザザ漏れなのだ。
ポンプに関する知識は全くなかったが、
これが正常とはとても思えなかった。
何度もポンプ室に入り、
2.2KWのモートルに連結されたポンプをながめていた。
“あまりにも初歩的な質問かも知れない”と思い、
ためらいながらポンプを管理していた“浪やん”に聞いたのは、
2ヶ月以上も過ぎてからだった。
以後私は浪やん弟子としてポンプと
電気・機械等の設備類の勉強をすることになる(⑧もったいないの原点)。
このポンプはごく普通の渦巻きポンプだが、
設置場所がかなり高いため、吸い込み揚程に無理があり、
回転軸からのエア吸いをおさえるために、
水を流し込んでいるとのことだった。
モレの水ではなく、ウオーターパッキンとして、
わざわざ注水していたのだった。(昭和46年11月)

2009年02月07日(土) 桂浜水族館公式ホームページ掲載

101 誠丸漂流記 

“釣りキチ”を自認する相棒の誠君は、
自分の釣り舟を持っていた。
しかし病に勝てず、その舟を残したまま先立ってしまった。
遺族から処分の依頼を受け、
検討の結果釣り舟ではなく、展示水槽として使ってみることになった。
係留されていた漁港から水族館まで6km余り、
海上を運ぶことになった。
波の静かな日を選び、6m余りのFRP舟に3人が乗り込み、
手持ちのオールで漕ぎ出した。
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内湾のうちは順調だったが、外洋へ出てからは困った。
対象物がないせいもあって、進行ぐわいが分からない。
風も少し出て来て進路が定まらない。
少し不安になりかけたころ、海上保安庁の巡視船がやって来た。
フラフラと桂浜沖を漕ぎ進む様は、
漂流船か不審船に見えたらしい。
事情調取はされたが、おかげで水族館前の浜まで、
曳航してもらうことが出来た(平成14年9月12日)。
その舟は“誠丸”と命名して
リクガメ水槽(夏休み中は幼児プール)として利用されている。

2009年01月31日(土)桂浜水族館公式ホームページ掲載

54 地下室の亡霊

2008年03月08日(土) 桂浜水族館公式ホームページに記載 

潮番の時は、地下の配電室に自分で作った、仮設のベッドで泊っていた。
ある時、変電トランスのうなる音以外は、
全く何も聞こえないはずの空間から、不思議な音が聞こえてきた。

キリキリ・・・??、

カラカラ・・・?、

トロトロと眠りかかったころ、ごくたまにかすかに聞こえてくる。
この音に気付いたのは館長が亡くなった年(平成元年)の冬。

どんなに捜してみても音源がかわらず
“これは館長の霊が私に声をかけているにちがいない”
と本気で信じてしまった。

寒い冬の、北風の強い夜にだけ現れて
“フォッフォッフォッ・タ~カ~ヤ~”と云ってるようにも聞こえた。

私はその声を聞くと、3代目館長に対する不満をブツブツとぶちまけながら眠りにつくようになった。
この亡霊との対話は10年余り続いたが、ある日突然終わりを迎える。
地下室への給気用の大型シロッコファンを点検していて、この音に気付いてしまった。
風が強い時、ガラリからの風圧が地下まで届き、ファンがかすかに回っていたようだ。
その日を境に、この音は私にとって、ただの雑音になってしまった。

53 潮番

2008年03月01日(土) 桂浜水族館公式ホームページに記載 

桂浜水族館の海水井戸のアキレス腱は大雨(24命の水)と書いたが、もう一つ重大な欠陥がある。
それは水切れ!
旧館時代よりも多い目に吸い上げているせいもあって、
特に潮位の低い、冬場の大潮の時には、真夜中に度々水切れが起る。
そのため井戸の干潮に合わせて、バルブを調整して取水量を絞り込み、
井戸の干上がりをおさえて、水槽への給水が止まらないように、
潮番をしなければならないのである。
夜10時から4時間。干潮は毎日40分余りづつ遅れで8日間ぐらい。
大潮は月2回あるので、結局11月から2月まで、月の半分は泊り込まねばならなかった。
天候がくずれて波が立つと井戸の水位も上がるのだが、
冬場は高気圧の張り出しで波は消え、ベタ凪になるほうが多い。
現在は4本目の井戸を掘り、うまく調整できるようになってきた。
しかし予想以上の引き潮で、真夜中に呼び出されることが、今でも年に数回以上は起っている。

31 注文  2007年09月29日(土)書

 水族館で飼育するお魚達には当然のことだが飼育適温があり、上と下に限界水温がある。南方系の魚は、冬場の低水温。北方系や深海系は、夏場の高温に耐えられない。チョウチョウウオなどは、電気ヒーターで加温出来るが、大型のサメやエイ類を扱う場合は、それなりの温度コントロール設備が必要になる。開放式を主とする桂浜では、経費を考えると、大型濾過循環設備は望めない。新築計画が具体化する中、私の希望と予算に大きな開きがあることが分かってきた。そこで、これだけは絶対譲れない設備として“マンボウ用の冷房水槽”を注文しておくことにした。(昭和57年頃)

30 限界 2007年09月22日(土)書


 5年目、21頭目のマンボウは自己記録を224日まで更新し、7月24日に死亡した。今回は死因らしいものが見当らない。125日の時は6月末、前年の166日間は、7月21日だった。かすかな予感と共に、私の最も恐れていたことを確認するために、鴨川シーワールドに電話する。やっぱりそうか、あちらは冷房水槽で飼育していた。「20℃ぐらいが上限だと思いますね」との答え。桂浜の7月末の水温は23~24℃。上限をはるかに超えた水温の中を頑張って生きてくれたことになる。8月末には27℃近くまで上るので、終年飼育が絶望であることを確認し、力がぬけてしまったことを記憶している。開放式で飼育している水族館の“限界”を思い知らされた瞬間だった。(昭和54年7月25日)

29 マダラトビエイ  2007年09月16日(日) 書

ゲイラカイトと云う外国製の凧が流行しはじめたころのこと。そっくりの魚が沿岸のバッチ網で獲れることを知り、人気者になりそうな気がして、当時としては破格の「1尾3千円でお願いします」と漁協に注文を出した。その年は6尾ほど入館した。網ズレはひどかったが皮膚が強い魚で、半数は回復した。しかし餌にはつかず、1~2ヶ月の命だった。飼育を試みて3年目のこと。ある偶然で餌付けに成功した。「11月のアサリはヤセてるので、うまくない。餌にでもやって」と大量のアサリをもらった時のこと。蓄養場所に困り、麻袋のままトビエイのプールへ放り込んでおいたのである。ふと見ると袋の上に止まって食べたそうな顔をしている。あわててバラ撒いてやると、1つ1つ拾ってバリバリ噛み割って食べ始めた。“バンザイ!”と大喜び。しかし、この魚には別の難題が待ちかまえていた。(昭和53年11月)

28 アンコウ  2007年09月08日(土)書


 ヌルヌルの体は一見丈夫そうに見えるが、実際はかなりデリケート。たいてい採取後1週間から10日でアゴと尾部がハレあがり、そのまま死んでしまう。慎重にハレ物にさわるように、大切に扱うようにしてから、やっと望みがありそうな個体にめぐりあった。2週間たってもハレが出てこないし、パニックもおこさない。細い竹竿の先にフックを付けて、目の前を小魚が泳いでいるように動かせてみる。ボンヤリ、私のほうを眺めているように見えた目が、ほんの少し動く“エサを見たぞ”と思い、繰り返し繰り返し動かせてみたがダメ。それから3日目“ついにやった!ルアーが動いた!と思った瞬間にバコッとフックもろとも呑み込んだ!”“これはすごい!頭上の擬餌はルアーフィッシングそのもの!小魚をさそう動きは見事!”とその日の興奮した記述が日記に残っている。これは新聞・テレビを呼べるぞと楽しみにしていたら、春の大雨による水質の悪化で急死した(昭和50年5月16日)。その後、数尾の餌付けに成功したが、いずれも水温が上限を超えて、短命に終わってしまっている。
プロフィール

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