481 葬送記⑦まさこ

マンボウ2
  私は30年余りの間に、224頭のマンボウを室戸から運び飼育してきた(現在は中断中)。大部分は数日から一ヶ月余りの短い命。20~30Kgが普通だったので、死体はほとんどが埋葬だった。しかし818日間(桂浜水族館での最長記録)飼育したマンボウは、丁寧に水葬してやった。60Kg以上に成長していたが室戸まで運び、大敷網漁の船に乗せてもらって太平洋に帰してやった。そして私を飼育員としての自信を持たせてくれたまんぼうの“まさこ”は、特別な葬儀を行った。桂浜に来て間もなくの頃、当時の寿一館長(266恩人①寿一館長)から「大切に育ててきたペットが死亡した時の最上の弔いは、その身体の一部でいいから食べてやって、自分の血や肉にしてやることではあるまいか」と聞かされていたことを思い出し、解剖のあと先生(278恩人⑬山口先生)や学生達と一口づつ(エコおやじの履歴書⑲腸閉塞の写真)食べてやることにしたのであった。
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480 葬送記⑥タケル

タケル
  当館で子作りに励んできたカリフォルニアアシカのタケルが死んだのは、1990年5月23日のこと。死亡時でも200Kg余りの巨体の処理は、やはりケンゾウさんの船での水葬だった。ところが半月後の6月10日、私がいつものように入場券売り場から太平洋をボンヤリながめていて、奇妙なものが流れて来るのに気づいた。双眼鏡でのぞくと、ヒレをパタパタさせながら浮かんで流れて来るのは、どう見てもあのタケルだった。10Kmほどの沖合から桂浜を目指して帰って来たのである。30年以上暮らしていた桂浜に帰って来たタケルを再び沖へはこぶのは忍びなくて、手漕ぎのボートで西海岸へ運び、お花畑の下に埋葬しなおしてやったのであった。

479 葬送記⑤モモ子

モモイロペリカン2
  桂浜の西海岸に野路菊が咲きそろい、その下側にツワブキの群落がある崖が続く所がある。昭和40年頃、桂浜からその西海岸へ回り込むコンクリート製の遊歩道が整備されていた。しかし昭和45年の10号台風(339桂浜への道⑪台風10号)で完全に破壊されてしまい、その後お花畑は忘れ去られてしまっている。私はそのお花畑の下の砂浜をこっそり墓地にしているのである。そこには主にフライングゲージで飼育していた水鳥達やペンギンなどが埋葬されている。長年私と共に働いたモモイロペリカンもここに眠っている。ツワブキの咲きそろう初冬にはここに来て、嫌われ続けたモモ子(156失恋⑤モモ子)のことを思い出すのである。

478 葬送記④アンコウ

アンコウ2
  1m余り30㎏ほどのアンコウが入館したことがあった。飼育の難しい魚で、思惑どうり一週間ほどの命だった。大きいので死体の処理に困り、埋葬することにした。苦労して桂浜の西海岸まで運び、砂浜を深く掘って埋葬した。ところが運悪く、数日後に嵐が通過して浜の砂が大きく移動し、死体が少しだけ掘り出された状態になっていたようである。普段は滅多に人が行かない所なのに、たまたま通りかかった観光客が、アンコウの内蔵を人間の死体の一部と思って警察に通報。消防も駆けつけて大騒ぎになってしまったこともあったのである。

477 葬送記③シノノメサカタザメ

シノノメサカタザメ2
  シノノメサカタザメは滅多に入館しないレア物である。私の桂浜での45年間で、3尾しか扱っていない。しかも餌付いたのは20kgほどの小型の一尾のみで、それも暖房設備のなかった旧桂浜水族館では冬越しは出来なかった。大型の2尾はいずれも一か月前後の命だったが、水葬用の船が用意出来ず小型の手漕ぎボートで桂浜沖200mほどのシモリ磯(干潮になっても、水面に顔を出さない磯)の大きな割れ目まで運んだ。もう1尾の時はボートもなくて、発砲スチロールを浮きにしてコンクリートブロックをぶらさげ、50kg余りの魚体を押して泳いで運んだ。「もう一度お前の仲間を飼育してみたいから、よろしく頼むよ」と念じながら一時間以上かかって、シモリ磯まで泳いでいったことを記憶している。

476 葬送記②アカウミガメ

アカウミガメ2
  当館のメインプールにいるアカウミガメ・アオウミガメは、餌やりが人気の看板スターである。小型で入館したものは、病気やいじめで死ぬものもあるが、大型のものは滅多に死なない。しかし死亡すると100Kg近い巨体は処理に困る。大抵の場合は水葬(と言えば聞こえはいいが、現実は海洋投棄)である。前出の館長の子分のケンゾウさんの船で桂浜沖10Kmほどの太平洋へ、コンクリートのブロックを結んで沈める。しかしケンゾウさんが引退してからは、埋葬してツワブキの花を添えることが多くなっている。

475 葬送記①太郎

太郎(バンドウイルカ)
  パンドウイルカの太郎が死亡した時、館長に死体の処理を相談すると「ケンゾウに頼め」とのこと。“ケンゾウ”さんは館長の一の子分を自認する地元の漁師。軽トラックに積み込んで漁港まで運び、自分の船に乗せて沖合へ。出港前に館長婦人が「これに包んでやって」と水族館の旗を手渡してくれた。40分ほど走って桂浜沖10Kmほどの太平洋に水葬。一緒に飛び込んで薄緑色の水族館旗に包まれた死体が、弧を描いて沈んでいくのを水中メガネ越に見送っていると、なんだか変な気分になりかけた。その時目の前に竹竿が飛び込んできた。泳ぎには自信をがあり、溺れることなど夢にも思わなかった私だが、少しおかしくなっていたようだった。「お前、引きずり込まれてたみたいだったぞ」とケンゾウさん。竹竿のタイミングがもう少し遅かったら、私は太郎に引っぱられて、太平洋に沈んでいってしまったかもしれなかったのであった。

474 葬送記(序)

ツワブキ
  水族館は生き物を扱う施設なので、避けて通れないのが死別である。動物園と違って、魚類は寿命も短いし、大量死などもあって、いちいち死魚に気を回してはいられないが、大型の魚などで特別な思い入れがあったり、イルカやアシカなどの哺乳類との死別は、それなのり葬儀が必要になってくる。現在ではゴンドウクジラやイルカなどは、死亡原因調べの解剖の後、切断して焼却しなければならず、葬儀としてはごく一部の肉片などを埋め、ツワブキなど、そのあたりの草花を添えるのみだが、20年以上前は、水葬や埋葬が主だった。今回はそんな思い入れの残る、動物やお魚の“葬送”について思い返してみたい。
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Author:もったいないおやじ
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