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581 土佐弁と私⑩阿波なまり

ワニゴチ
  30年余り前の話だが、息子達の小学校の先生との面談から帰った女房が「ご主人は県外の人ですね」と言われたと。私は学生時代を除いても、結婚まで3年と息子達が小学生になるまでなので10年以上は土佐弁に慣れ、使いこなしてきたつもりだったが、阿波弁の“さ・し・す・せ・そ”はかなり癖の強い発音のようで、それが少なからず息子達に移っているのを先生に見抜かれていたようだ。“江戸っ子は三代目から”と言われているように、二代目(母親は土佐人だけど)の息子達は、まだ土佐人にはなり切れていないようなのである。 

“土佐弁と私”は今回で終了。来週は、まだ原稿が出来てなくて悶えていますが、なんとか間に合わせるつもりです。イラストも“あいうえお”から一周したので、再度“あ…”からスタートの予定です。




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580 土佐弁と私⑨ちゃがまる

ロウニンアジ
  二か月ほど前のことである。当館に“ちゃがまらん”と名乗るユーチューバーが来て、館内でお気に入りの魚や動物達を撮影してまわったことがあった。その案内役をしていた若いのが「“ちゃがまらん”てどんな意味?」と聞いてきた。彼は大阪出身で、桂浜に来て一年半ほど。まだ“ちゃがまる”に出会ったことはなかったようである。私の場合は桂浜に来て三年余りの頃。買ったばかりの中古車がダウンした時「はや“ちゃがまったかよ”。けんど一ヶ月に9000kmも走らす(345桂浜への道⑰イルカに通う)人は知らんぜよ」と車屋に言われた時と記憶している。一年半では無理もあるまい。

579 土佐弁と私⑧しいれえ

レンテンヤッコ
  結婚した翌年の秋口のことだったと思う。義母に「“しいれえ”が綺麗なそうなから連れてって」とアッシーを頼まれた。高知に来てほぼ10年(学生時代を含む)が過ぎていたが、初めて聞く言葉だったのですぐに聞き返せば良かったのだが、何か別の話に飛んでしまって聞きそびれてしまった。「綺麗・連れてって」から想像して、多分お花見だろうとは思ったが、その晩女房に聞くと「田んぼのあぜ道やお墓に咲く赤い花が“しいれえ”」と言う。秋の田んぼのあぜ道の赤い花なら「彼岸花か?」と聞くと「そう」と。土佐では“まんじゅしゃげ”の名はほとんど使われていないようなのである。

578 土佐弁と私⑦いんげ

ルリスズメダイ
  DNAの指示(328桂浜への道(序))に従って土佐に舞い戻った私の周りは、今度は土佐弁が溢れていた。下宿のおばさんも、館長はもちろん水族館の従業員も全員が土佐の人ばかり。中でも私が毎日昼食を食べていた、おみやげ店のおばあちゃんが話好き。カレーを食べに行く度に、必ず横に座って話しかけてくる。人間嫌いぎみの私を無理矢理土佐弁で引き込んでゆく。“いんげ・いんげ(そうではないとの軽い否定の意味)”を繰り返す。始めは鬱陶しくも感じたが、私に好感を持ってくれていることはわかるので、楽しく付き合えるようになり、意味の分からない古い土佐弁なども多く聞かされ、土佐弁に慣れさせられていったのである。

577 土佐弁と私⑥土佐弁との別れ

リュウグウノツカイ2
  高知大学には五年間在籍(一年留年)したが、すべて寮生活だったせいもあり、一般的な土佐弁と触れ合える機会はあまり多くはなかった。二年生で出会った“ちゅう”の女の子以来、土佐弁への嫌悪感はなくなったが、私の周りには九州弁の“ごたる”や広島弁の“じゃろう”が飛び交い、私も阿波弁の“ほなけん”から抜け出してはいなかった。卒業と共に大阪に就職。大阪弁は敬語や丁寧語が“さかい”や“でんなあ”などとうまくごまかせる感じで、使い勝手が良くすぐに慣れていった。私の中で少しだけ住み着きかけていた土佐弁は、そのまま消えてゆく運命と思われていたのである。

576 土佐弁と私⑤ちゅう?

ラブカ2
  大学二年生になった四月始めの事。たまたま立ち寄った本屋で書架をながめていた時、すぐ後ろで声がした。「おばちゃん、こくごの本きちゅう?」その最後の“ちゅう?”に私は生まれて初めての何とも表現できない美しい響き・感覚を覚えたのである。振り向くと新一年生が母親と一緒に教科書を買いに来たところだった。本屋のおばさんとのやり取りを聞いていて、その女の子の可愛い声が心に響き、それまで耳障りと思っていた“がー・きー・ほら”などの土佐弁が、突然美しい言葉に変わってゆくのを覚えた。それは私自身がロリコン(315鳥かごより⑭ロリロリウオッチ)であることを自覚し始めた瞬間でもあったのである。

575 土佐弁と私④いながら

ヨスジフエダイ
  水泳部には前出の女性の他に、二人の高知県出身者がいた。高校からの同級生だった彼らはいつも仲良くつるんで喋っていたが、近くで聞いていると“いながら・いんながら”と繰り返していた。話の道筋からして“そのまま”とか“突然”とかの感じで通じそうなのはわかるのだが、私を含めて県外人には使える感じにはならない言葉であった。主に若い男性が多用する感じだったが、最近ではほとんど聞かれなくなってしまったような気もする。

574 土佐弁と私③のうが悪い

ユキフリソデウオ
  水泳部の女性との会話で、もう一つ面食らったのが“のうが悪い”だった。体調不良の中で何かの共同作業中「高谷君はのうが悪いみたいね」と声をかけられた。彼女とは特に親しいわけでもなければ、嫌われているとも思っていなかったので、これには戸惑った。多分怪訝な顔になったのだと思う。その時も彼女はすぐに気づいて「土佐では体調が悪い時や能率が悪いときに“のうが悪い”と言います。“脳みそ”ではなく“能率”のことですね」と教えてくれた。私の体調を気遣ってくれていたのである。「県外の人には気分を害される事が…」との事だった。

573 土佐弁と私②変わるにかわらん

ヤミハタ
  大学では中学・高校と続けてきた水泳部に入部したが、そこに一人だけ女性部員がいた。彼女は南国市出身の“はちきん(男まさりの女性)”だったが、ある日平泳ぎのルールについて話していた時「今年から“変わるにかわらん”」と言われて面食らった。「えっ」と言った私の怪訝な顔に気づいた彼女はすぐに「“かわらん”は推量の言葉で土佐ではよく使われます“多分変わるだろう”の意味ですね」と詳しく教えてくれた。そして私が徳島県の出身であることを知っていた彼女は「阿波弁の“あるでないで(あるではありませんか)”と似たような表現ですね」と付け加えてくれたのである。

572 土佐弁と私①きい・ほら

モンガラドオシ
  昭和40年4月。18才の私は郷里の鳴門市を離れ、高知大学南溟寮に入寮した。寮には四国の3県と九州・中国地方の出身者が多く、当然のことながら高知県出身者はほとんどいなかった。寮と学校の往復がほとんどで、街中にはあまり出なかった私だったので、土佐弁との出会いは少なかった上、第一印象が悪かったのか、たまに飛び込んでくる土佐弁の“きい・ほら”が耳障りで不快感さえ覚えた。自分の阿波弁には全く気づかず、九州弁や広島弁の男達と「土佐弁なんて…」と話し合っていたものだったのである。  
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