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184 (再)大敷網漁⑱室戸の大敷

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  室戸の大敷網漁に通い続けて37年!。漁の船は木造船からFRP船に変り、船方も私より古くからの人は1人もいなくなってしまった。サバの極端な不漁やアジの大量入網!イワシ資源の大変動!長引く魚価の低迷も見てきた。あれは10年余り前のこと、桂浜水族館も新築から10年が過ぎて入館者数の減少に悩んでいた頃。私は組合長に「桂浜もこのままでは心配だけど、大敷もこんな不漁が続いたらあぶないでしょう」と云ったことがあった。組合長はそばにいた先長(船長)をチラッと見て「桂浜のイオオイが来て、どれだけ魚を追っぱらっても、海の水の鹹いうちは大敷はなくならんよ」と云ってニヤッと笑った。私の水族館人生をささえてくれた三津大敷と共に、もうしばらく頑張ってゆきたいと思う。

  大敷に通い始めてから、この秋でついに半世紀を迎える。船方も代替わり、私を“イオオイ”と呼ぶ人はもう誰もいなくなった。
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183 (再)大敷網漁⑰ジンベエザメ

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  大敷網漁でたった1度だけだがジンベエザメに出会ったことがある。夜明けに網持ちにかかると、間もなく片側の船方達がさわぎはじめた。「桂浜!桂浜!」と私を呼んで海面を指さしている。逆光のせいでこちらの船からは見えない「何かめずらしいものがおるようじゃのう」と隣の人から声がかかる。そのうちに大きなヒレが見えて「桂浜!あれはジンベエじゃ」「ざまながじゃ(巨大なやつだ)。この船より大きいかも」。聞くと数年に1・2尾入ることもあるとのことだが、こんなに大きいのは初めてとか。「おとなしい魚だから、つれて帰れ」との声もかかる。売りものにはならないとのことで、ロープをかけて網から引っぱり出して“サヨナラ”。2度と見られない、すばらしいショーを見せてもらったような興奮を今も思い出す。30年余り前のことで、ジンベエザメの飼育など、夢のまた夢のころの話である。

  最近では4~5m余りの若いジンベエザメを飼育している水族館もある。しかし、私が見たことのあるミンククジラ(4.5m)よりも大きな魚には、もう二度と出会うことはないと思う。

182 (再)大敷網漁⑯幼魚と珍魚

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  6月から7月になると、大敷網には珍しい魚が入ることが多くなる。その年生まれの幼魚・稚魚のシーズンである。テングダイやカワビシャの幼魚は、体が扁平なので水槽内では見栄えがするが、大敷漁の船上から海中をのぞいている状況では非常に見えにくい。多くは市場で、選別作業後の死体を見つけてくやしがることになる。だから漁に出る前に必ずクズカゴを調べ、直近の魚種を頭に入れておいた上で、網の中をのぞき込まなければならない。目が慣れてくるとサバやアジの群の間に見える、ほんのわずかな泳ぎ方のちがいなどから、これらの魚を見つけすばやく玉網ですくえるようになる。時にはバショウカジキ(160失恋⑨カジ子)やシイラの稚魚のほか、ツボダイやチョウセンバカマなどの希少種が獲れることもある。

  朝持ちに行くと、深海性のチカメキントキやツボダイなど珍しい魚が獲れることがあるので、若い頃は随分頑張ったものである。

181 (再)大敷網漁⑮バラフグ(ハリセンボン)

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  ホシフグよりももっと始末の悪いのが、室戸でバラフグと呼ばれているハリセンボンである。10年余り前から大量に大敷に入網するようになっている。ホシフグの皮フは小さいザラザラする程度のトゲがあるだけだが、バラフグはハリだらけ!。ヘタをするとゴム手袋だけでなく、長グツさえ突きぬけるするどく長い針をまとっていいる。もちろん一緒に入網したアジ・サバ・ブリも傷だらけになり、売りものにならなくなる。仕方がないのでホシフグの時のように、網を切り開いてすべて逃さねばならない。すると次の日にも又、網いっぱいのバラフグ!。ひどい時には2ヶ月ちかくくり返したこともあったらしい。ハリセンボンもふくらんでいなければ愛嬌のあるフグなので、飼育用にたくさん水族館へ運んだ。しかしいずれもあまり長生きしてくれない。どうやらふくらみすぎて背骨が折れてしまうのが原因の1つとしてあるようである。

  漁港の岸壁にもボツボツ見られることもあるが、こちらのハリセンボンは飼育に適している。しかし沖合の大群のハリセンボンが長生きしたことはなかった。

180 (再)大敷網漁⑭ホシフグ

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  ウマヅラハギと入れかわるように、大量に姿を現すようになったのがホシフグである。ウマは食用だが、ホシフグは毒もあると思われるのですべて廃棄しなければならない。それに困ったことに、フグなのでふくらむ!。ウマと同量のホシフグが入網したとすると、彼等は水や空気を吸って5倍ほどにふくらみ、網の中に大量のソフトボールが現れるのである。価値のある魚が交っているはずなので、ウインチ付きの大玉網ですくい揚げて船上に広げるのだが、水を吸ったフグは重すぎて上がらないこともある。結局網を切り開いて、すべて逃してしまうことになる。するとその群は翌日隣の地区の大敷に入網する。群全体がどこかへ移動するまで数日から半月ほどこんなことをくりかえすこともあったようだ。体長20㎝ぐらいで、まっ黒い体に白い星モヨウのあるきれいなフグなので、たくさん水族館へつれ帰った。しかし弱っていて病気になりやすく、飼育しやすい魚ではなかった。

  モヨウフグの仲間なので水族館向きのフグと思って飼育に力を入れてみたが、すべて失敗に終わった。

179 (再)大敷網漁⑬ウマヅラハギ

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  私が室戸の大敷に通い始めた昭和49年頃は、毎年3月になると大量のウマヅラハギが入網することが多かった。ウマハゲは味のほうはまずまずなのでそれなりの値はつくのだが、この春の大漁は10cmほどの当才魚なので手間がかかる。皮をはぎミリン干しなどにするとおいしいのだが、大漁すぎて処理が間にあわない。その結果値が下る。kgあたり3円とか5円がつけばいいほうで投棄になってしまうこともあったとか。それに加えてするどいトゲがあり、他の魚を傷つけて価値を下げてしまうやっかいものだった。私がねらっていたマンボウも、このウマハゲの大漁の中にいるときは傷だらけになるのであきらめざるをえなかった。そのウマたちは、20年以上前に突然土佐湾から消えてしまった。彼等は北方系の魚なので、地球温暖化による海水温の上昇をいちはやく感知してのことと思われる。

  瀬戸内海のあたりにはまだ沢山いるようだが、土佐湾では全く見かけない。

178 (再)大敷網漁⑫ハガツオ

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  カツオ・マグロ類としてはめずらしく歯が生えているのでハガツオ。メヂカやスマよりはひとまわり大きくなる。キツネの別名を持っていて、きれいな縞模様が特徴である。カツオやスマもおいしいが、ハガツオのモチモチした食感はひとランク上の味なので、魚価もカツオの2倍以上はする。大敷網には夏場を中心に時たま小さな群が入網する。しかし突然巨大な群が出現することがあるらしい。室戸沿岸のすべての大敷に大量(千尾~数千尾)入網したこともあったとか。私の通っている三津大敷組合だけで5㎏近いハガツオが四千尾近く!。その日だけで千五百万の水揚になったと聞かされた。ハガツオが大好きな私としては、そんな場面に出合ってみたいと思うが、その人の話では「10年に1度あるかないか」とのことだった。

  メジカと違って、大漁過ぎても値崩れはおこりにくい魚であるが、その時にはさすがに普段の半値近くまで下がったらしい。それでも十分な売り上げになったとのことだった。

177 (再)大敷網漁⑪スマ

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  メヂカによく似たスマ(土佐ではヒラソーダをスマと呼ぶ。和名上のスマはモンズマとかヤイトと呼ばれている)も同様の漁になることが多いし、混合の群になることもある。体を輪切りにするとメヂカは円型なのに対してスマのほうは少し扁平になっていて、ひと回り大きくなる。パッと見はそっくりなのだが食味にはかなりの差があるため、魚価には大きな開きがある。時にもよるがスマはメヂカの3倍ぐらいと思われる。メヂカはソーダ節の原料だが、スマはカツオ同様サシミで食べる。大敷漁に同行させてもらうようになってからは、市場での選別作業の手伝いもするようになったが、はじめのころはこの2種の見分けがつかず、同じカゴに入れておこられたこともあった。大学での授業や図鑑からの知識は待っているつもりだっただけに恥しかった。

  私の学校での知識よりも、現場の漁師のほうがはるかにお魚をよく見ていることがよくわかった。

176 (再)大敷網漁⑩メヂカ

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  回遊魚のメヂカ(マルソーダ)は、初夏や秋口に大群で土佐湾沿岸に現れることが多い。するとメヂカ引き縄の船が出て、沖合でクルクル回転しながら釣りはじめる。そんな時は大敷網にも大量入網することがある。私の通っている三津地区の大敷網に15t入ると、隣の高岡や椎名の網にも10tとか20tとか。3隻の船が沈みそうになるほど積んでも、積みきれないような時もあるとか。処理する市場では500㎏入りのタンクがズラリと並ぶ。大漁でニコニコかと思ったら、魚価がふだんの2割ぐらいまで下って、10t販売しても30万円ほどにしかならず、船方達は「しんどいだけ」と元気が出ない。メヂカは冷凍されてソーダ節の原料になるとのこと。

 “大漁貧乏”と云う言葉があるが、まさにそのものなのである。

175 (再)大敷網漁⑨大漁

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  “イオオイ”の私にも、たった1度だけだがブリの大漁に出合った経験がある。その日(昭和50年3月14日)は静かな夜明けで、ミズナギドリが多く飛んでいたと日記に書いてある。薄明かりの中で網持ちにかかると、すぐに船方達の動きがおかしくなった。隣の船から「まいゆうぞーーーっ」の声。私には何のことやらわからない。ブリは一般の魚とちがって網をこわがらない。網にそって泳ぎまわり出口をさがす習慣があるらしい。大量入網した時は、網を引きしめていないと群全体で網をのり越えて逃げてしまうこともあるとか。みんな目の色がちがう。その日の漁は3隻の船槽いっぱい。1尾10kgほどのが1600尾余り。市場はごったがえした。私は「おかずに小さいのを1尾欲しい」と組合長に伝えると「ちょっと待っとれ」と云われた。しばらくして「桂浜はこれにしろ」と10kg余りの立派なブリを待って来た。「そんな大きいのは高すぎて・・・」と云うと、クルッと腹を見せた。漁の途中で手カギがかかったような引っかきキズがある。「このキズがあるから半値でいいよ」。

  私が買った10.5kgのブリは半値の5000円。大敷の組合長は私に大サービスをしてくれたのである。

174 (再)大敷網漁⑧ブリ大敷

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  室戸の大敷網は“ブリ大敷”と呼ばれている。ブリは冬から春にかけて、産卵のため大群で太平洋岸を南下し、東支邦海へ向う。その群をねらって設置されているのである。数百尾から数千、時には万単位の入網もあるとか。室戸の東岸には5統ほどの大敷が設置されているが、ブリの群れは1ヶ所に全部まとまって入網してしまうこともあり、当りはずれも大きいらしい。「1つ隣の佐喜の浜地区の網に大量に入ったら、翌日にはその残りが、うちの1号網に入ることが多い」と組合長が話してくれた。私がマンボウを求めて通う時期と、ブリの獲れる頃がほとんど同じなので「イオオイがまた来た」「今朝は高岡(隣の地区の網)に1500本入ったのに、桂浜が来たからもうダメ!漁に出るのはやめようか」などと、イヤがらせを云われることも多かった。

  昭和50年頃のブリはkgあたり1,000円ほどだった。時代は変わり現在は3~500円。サバよりも安いことも多い。

173 (再)大敷網漁⑦朝持ち

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  室戸の大敷網は、朝夕2回の網持ち(漁獲)を基本としている。私が通いはじめた昭和49年頃は、夕持ちは3時が定時だったので、お昼に桂浜を出れば間に合った。しかしたいていの場合、漁獲量は朝持ちのほうが多い。そのため「マンボウが欲しければ朝持ちに来い」と云われた。朝持ちは日の出の30分ほど前に出港する。大敷網は波や潮流を考慮して網目が少し大きめなので、明るくなると魚達は網目をすり抜けるとのこと。薄暗いうちに網を動かせて、目の細い魚獲り網へ追い込まねばならない。下宿を3時に出て水族館まで30分。水槽トラックを引っぱり出して、室戸まで2時間余り。6時前に到着。薄闇の中を沖へ出て網持ちにかかると、カモメやミズナギドリが騒ぎ始め、まもなく大きな朝日(ダルマ朝日が見られることもあるとか)が顔を出す。その光の中で、網の中をゆったり泳ぐ白い魚(マンボウ)がいないか、海中を必死でのぞく。最も心が躍る瞬間であった。

  三津漁港は室戸岬の東岸。ショートカットの三津坂トンネルを抜けるとすぐ下に漁港が見える。その時薄明かりの中を漁船が出港してゆくのが見える(つまり遅刻) ことがある。それをながめて悔しがったことも何度かあった。 

172 (再)大敷網漁⑥潮流

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  太平洋から紀井水道に向って、室戸の東岸を北上するのが“登り潮”。逆に南下するのが“下り潮”である。それとは別に沖合から沿岸に向う“山潮”と云ふのもある。大敷網はこのあたりでいちばん多い、ゆるやかな下り潮を想定して設置されている。黒潮の強い分支流が来ると登り潮の速い日が続き、その反流によって強力な下り潮も現れる。それに潮汐流も加わるので目まぐるしく変化する。潮流が速いと設置された網が吹き上った状態になり、網の形がくずれて魚が入網しにくくなるし、網持ち(漁獲)の作業もむずかしくなる。大敷網の先長(船長)は、組合事務所の屋上から4㎞ほど先に小さく見える、網を固定するブイを双眼鏡で確認し、潮流の方向・速さを推定するのが日課である。潮流は大敷網にとって台風と並ぶ重大要素なのである。

  潮流は2~3時間で急激に変化することもあり、それを読み推測する技量が、先長(船長)の腕の見せどころなのである。

  

171 (再)大敷網漁⑤波乗り?

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  はるか南方から大きな台風が日本をねらっている時、室戸には大きな“うねり”がやってくる。うねりはカモゲによる風波とは全く異なり、沖合では姿が見えない。海底が浅くなった所で、突然波頭が起きあがる。それにやっかいなことには、不定期に大小をくり返す。ある日(昭和52年10月25日)うねりの中を出漁した帰りのこと。漁港の入口近くまで来て操船係が一旦減速し、みんなで沖を見まわして、大きなうねりが来ないかをたしかめてから入港しようと加速した。ところが突然波頭が起きあがり、うしろから追いかけて来た。その波に押し上げられた船は、まるでサーフィンのように波の前面をすべり始めた。コントロールを失った船の舳先は港の赤灯台へ。私は衝突にそなえて船べりにしがみついた。その時ベテランの漁師の「バック!バック!」の大声がひびいた。船は赤灯台の数メートル手前でバックをはじめて波頭をやり過した。命がちぢむような経験であった。

  大きな台風ははるか彼方にいる時から大きな“うねり”を送り込んでくる。カモゲには慣れっこの室戸の漁師も、台風のうねりには警戒しているので「こんなことは滅多に無い」と話していた。

170 (再)大敷網漁④カモメ??

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  晩秋に大敷の船に乗ると「今日はカモメや、カモメがエライ(強いの意味。“多い”場合に使われることもある)」との声をよく聞いた。漁港にカモメはつきものだが、どこにも姿は見えない(室戸でカモメが見られるのは3月から6月頃)。よくよく聞いてみると“カモメ”ではなく“カモゲ”だった。上(カミ)から吹く風(北風)のこと。地形上、室戸は風の強い所である。特に11・12月はカモゲの強い日が多い。だから室戸の漁師はカモゲには慣れっこのようである。漁場に向ふ船はカモゲの大波にあおられて、船首が大きく空中へ飛び出し、次の瞬間、思い切り波頭に打ちつけられる。その衝撃の直前には足の裏がゾク!そしてバシャーンと波しぶき!。網持ちの途中でも、隣の船が頭の上に見えたり、海中に沈んだように見えたり!。それでも「カモゲがこわくて室戸の漁師はやっとられん」。私は船酔いでゲロゲロ!。

  私にはカモゲの中での網持ち(漁獲)は無理。そこで晩秋に室戸へ行く時は、前日から天気図をにらめっこ。3年ほどで天気図からカモゲを予想出来るようになって、ひどい目には合わなくなった。

169 (再)大敷網漁③ヤレコイ・エイヤ

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  現在では大敷網漁の船もFRP船になっていて、網は油圧を使ったドラムや、ボール式の巻揚機でほとんど引き揚げてしまっている。しかし私が通い始めた、昭和49年頃はまだ木造船で、網揚機は船の胴部のギア式ドラム1本だけしかなく、あとは手カギを使っての人力だった。「ヤレコイ・ヤレコイ」のかけ声をそろえて網を引き揚げる。だんだん網がせばまってくると、底からアワが上ってくることがある。「アワじゃ、アワじゃ」「エイヤ・エイヤ」の声に変る。アワの量や分布、粒の大きさによって、網の中の魚の種類や量が推定出来るらしく「シラバ(大型のアジ)じゃ、大漁じゃ」とか「こりゃゼンゴ(豆アジ)か?イサギならえい(良い)けんど」などの声が飛びかう。大漁が予想されると「エイヤ・エイヤ」のかけ声が、突然大きくなる。

  木船の船べりに並んで網を引く。毎日同じ場所で引くので船べりの膝が当たる所がすり減っている。特に先長(船長)の立ち位置には大きくへこんだ二つの膝穴があった。。

168 (再)大敷網漁②イオオイ

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  室戸の大敷網へ通いはじめると私のことを船方達は“桂浜”とか“イオオイ”と呼ぶようになった。“桂浜”はわかるが“イオオイ”の意味がわかるまでにはかなりの時間がかかった。ある時「おーいイオオイ」と私を呼ぶので「イオオイはどういう意味ですか?」と思い切って聞いてみたが「へへへ・・・お前のことや」としか答えてくれなかった。そのうちに室戸のあたりでは、ウオ(魚)が音便でイオ、又はイヨ(例・イトヨ(糸魚)・ハリヨ(針魚)など)と呼ばれていることがわかり、やっと理解できた。「桂浜が来た時は漁が無い(漁獲量が少ない)」と云われることが多く「桂浜は魚を追っ払ってしまう」と云う意味で「イオ(魚)オイ(追い)」になったのである。「イオオイはもう来るな」と言われる度にヘコんでいたが、マンボウが欲しかった私は室戸通いをやめるわけにはいかなかった。しかし、私をイオオイと呼んでからかう人ほど、協力的でやさしいことがだんだんわかってきた。

  私だけでなく、水産試験場の係員や保安庁の船など、月に1~2度漁港に姿を見せる人間は不漁の日と重なることが多いので、みんな“イオオイ”と呼ばれているようだ。大漁はめったになく、毎日のように続く不漁を誰かのせいにしたいための呼び名。漁師たちが私の存在をみとめてくれたと云うことなのだった。

167 (再)大敷網漁①大型定置網

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  室戸の大型定置網(大敷網)へ採集に行くようになったのは、イルカの世話(⑭イルカ・⑮300円)に通いはじめてからであった。沖合3kmほどのところに長さ1km・幅100mほどの大きな網が設置され、それを12人づつ乗り込んだ船3隻がかりで引き揚げる。アジ・サバ・マスガツオなどの回遊魚をねらうための、巨大なシカケである。その大きさのためか網揚げのスピードが速く、乗組員の配置等もあって、最初の頃は同乗させてもらっても私の居場所もなく、変った魚を見つけても玉網を出すことさえ出来なかった。その上船方達は早口でまくし立ててしゃべるので意味がわからず、いつもおこられているようで非常に居づらかった。ここでマンボウが獲れることを知らなかったら、私はお魚の採集場所として大敷網は除外していたであろう。

  室戸の三津大敷は私の“水族館人生”を支えてくれた大切なパートナー。私は今も通い続けている。   
プロフィール     ロリコンのおじん

もったいないおやじ

Author:もったいないおやじ
桂浜水族館を縁の下から支えて半世紀。

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