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190 (再)長寿動物⑥館長と私

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  桂浜水族館の長寿動物をあげるなら、まず先々代の館長、永國寿一さんだろう。戦後、昭和23年の再開以来、平成元年8月23日に亡くなるまで館長を務めた。おりからの経済成長や観光ブームの追い風はあったものの、堅実な経営手法で桂浜水族館を発展させ、念願の桂浜水族館の新築を達成した。人を愛し、動物を愛し、植物(植木・盆栽)を愛し、神を信じて、40年間の優雅な水族館人生を送った人である。その下で18年間、次の館長に16年間、そして現館長で6年。ついに私の水族館人生も40年を超えて、桂浜水族館最長に至った。と思ったが、前出のアオウミガメ(184長寿動物①ウミガメ)は、多分60年になるはず。やはり長寿では、亀にはかなわないようだ。

  その私の『水族館人生』はついに半世紀を超えた。もう引退したいのだが、「もうちょっと…」との声に引き止められている。
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189 (再)長寿動物⑤タケル

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  カリフォルニヤアシカのタケルは、昭和36年に動物商を通じて入館したとのこと。昭和58年に初めて父親になって以来、新館に移ってからも次々と計6頭の子供を作って、平成2年5月23日に死亡した。2~3歳で入館したと思われるので,30歳以上の長寿と云うことになる。死亡時の体重は200Kg余りもあり、処理に困って海洋投棄することになった。知り合いの漁師さんに頼んで、沖合10Km余りまで運び、コンクリートブロックを重しにして沈めた。ところが半月後に奇跡がおこる。6月10日の夕方、入場券売場から沖を眺めていると奇妙な漂流物が見えた。双眼鏡で確認すると、それはまさしくあのタケルだった。腹は裂いておいたが、腐敗によって浮きあがり、長男のリョウマがいる桂浜を目指して帰って来たのである。せっかくだから桂浜の西海岸の砂浜に穴を掘って埋葬し、信心深い館長は神官を呼んで、桂浜水族館の繁栄をささえてくれたタケルの功績に感謝し冥福を祈った。

  子作りだけでなく、ウミガメと同じく一皿10円のエサを求めて観光客に大声でアピール。水族館の売り上げに大きく貢献したアシカだった。

188 (再)長寿動物④オオニベ

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  いつまで頑張るつもりだろうか。この春は彼の鳴き声があまり聞こえなかったので、もうそろそろかなと思っていたが、夏を過ぎてもまだ元気。右目はつぶれ左目もおそらく見えないと思うので、餌が取れないはずなのに、そんなにヤセは目立たない。しかし体全体の覇気はなく、いかにも年老いた感じがただよっている。昭和63年に当時小学6年だった長男と一緒に、浦戸湾内で11尾釣ってきた(74釣り採集⑱オオニベ)中の1尾である。4年前までは3尾残っていたが、今はもう彼だけになってしまった。体長は1.2mほどもあるがスラッとしているので、体重は15㎏くらいと思われる。この魚は、ある企業が人工フ化し放流したものなので、ルーツがはっきりしている。天寿をまっとうしたあかつきには、長寿魚としてギネスに申請してみたら?などと考えたりもしている。

  この記事を書いたのは2010年11月。この後間もなく死亡。結局22年と半年ほど頑張ったのである。

187 (再)長寿動物③ペリカン

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  鳥類は体の大きさのわりには長生きするものが多い。当館の2種類のペリカンも、共に30年以上の長寿だった。モモイロペリカンは私より半年おくれで入館(158失恋⑦モモ子)し、永年大きな口でエサをキャッチする人気者だった。ハイイロペリカンはモモイロより1年早く入館したが、彼は冷遇されていた。当時の館長が、モモイロを注文したのに動物商がまちがえて送ってきたとか。送り返すのはかわいそうとそのまま引き取ったものの、水鳥舎の奥の小部屋で15年ほどすごすことになってしまった。昭和59年に水族館が新築されてからは、モモイロと共にフライングゲージで大きなクチバシを見せ、観光客にアピールした。モモイロは平成15年、ハイイロは16年まで、共に33年と35年の長期にわたって桂浜水族館に貢献してくれたのである。

  この二羽のペリカンは、係員が投げるアジやサバを大きなクチバシとアゴ袋で上手にキャッチ。永らく給餌タイムの人気者だった。

186 (再)長寿動物②クエ

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  私が桂浜に就職した昭和46年まで、クエは主役の一翼をになっていた。体長1m余り、体重は30㎏ほどの大物が40尾ほど、薄暗いプール型の水槽の底に沈んでいた。同居のウミガメやブリが、観光客から餌をもらって水シブキをあげてよろこんでいるのと対象的に、身動きひとつしない。しかし週に1~2度、クエ用のサバを投げ込む(これは館長の仕事)とガバッと一瞬でのみ込む。それはそれは見ごたえがあった。ところがそのクエ達は昭和47年の秋にほぼ全滅してしまう。館長が「クエが1ヶ月ほどエサを喰わん」とポツリと云ってから間もなく、次々と浮き上り腹を上にして苦しみはじめた。恩師や水産試検場に相談すると、室戸のあたりではウイルス性の病気でクエがたくさん浮いているとの報告があり、そのウイルスが水族館にも侵入したのだろうとの結論に達した。このクエ達の大部分は昭和23年から25年頃までに入館したものとのことで、すでに20年以上!天寿を越えて長生きしてきた老魚達だった。生き残ったのは小さ目(80cmぐらい)の若い個体、3尾だけであった。

  入館当初、私は呼び込み放送を担当していたことがあった。プールの底で隠れるように沈んでいるこのクエたちを「体長1m・年齢20歳・体重30kgで40尾ほどいます」と1・2・3・4で紹介していた。

185 (再)長寿動物①ウミガメ

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  長寿と云えばまず亀だろう。桂浜水族館のアカウミガメ・アオウミガメは昭和23年の再開館以来、ずーっとスターだった。私が入館した昭和46年当時、観光客は一皿10円のエサを我先に買い求め、割りバシで差し出す。するどいクチバシを大きく開けて、ハシごとガブリと喰いつくのが人気だった。館長によるとアカウミガメは昭和23年から25年頃までに1m近い成体で入館。アオウミガメは昭和25年に40cmほどのを2頭入れたとのことだった。しかし昭和59年に新館に移ってからアカウミガメが次々と死亡し、新しい個体に入れかわった。入館時1m近い成体だったなら、10歳以上だったと思われるので桂浜での40年ほどを加えて、いずれも50歳前後の天寿をまっとうしたと思われる。現在当初から生き残っているのは、アオウミガメ1頭だけになっている。昭和25年が正しかったとしたら、このアオウミガメは60年間にわたって、桂浜水族館に住み続けていることになるのである。さらに当時40cmなら3・4才のはずなので、私と同じ昭和21年生れの可能性が高い。

  ウミガメは今もエサを求めて沢山集まって桂浜水族館のスターだが、この記事を書いたのは2010年10月30日。現在はそのアオウミガメもすでに代替わり。
プロフィール     ロリコンのおじん

もったいないおやじ

Author:もったいないおやじ
桂浜水族館を縁の下から支えて半世紀。

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